森住卓

 

沖縄・辺野古 恵みの海 基地建設への抗議

信濃毎日新聞文化面 2004年11月26日掲載

 沖縄県名護市辺野古沖に海上基地建設計画が持ち上がって八年が過ぎようとしている。この間、名護市民の賛否を問う住民投票、推進派市長リコール運動などで、新基地建設計画は大きく揺れ動いてきた。

 今年八月、宜野湾市にある米軍海兵隊普天間基地を離陸直後のヘリコプターが沖縄国際大学に墜落した事件は、沖縄県民にあらためて、米軍基地が県民の命を脅かす存在であることを突きつけた。しかし、政府は沖縄の人びとの意志を逆手に取るように、この事件をきっかけに辺野古の基地建設を強引に推し進め始めている。

 九月、那覇防衛施設局は辺野古沖で、ボーリング地質調査に向けた海底の現況調査に着手。十一月に入って、ボーリング調査の掘削機を取り付けるための櫓(やぐら)や足場を組む作業を強行した。これに対して住民たちは、毎朝七時過ぎからカヌーやボートを出し、夕方まで数時間、時には九時間も、ずっと海上で抗議行動を続けている。十一月の沖縄の海は、晴れの日には泳げるくらい温かいが、長時間波に揺られ潮にあたれば、体温を奪われ全身の震えが止まらなくなる。まして荒天時は命がけだ。

 沖縄の海は、島の周りを囲む珊瑚礁(さんごしょう)が外洋からの波の影響を和らげ、多くの生き物が命を育む場所となっている。特に辺野古周辺は天然記念物のジュゴンが生息する海だ。リーフ(珊瑚の海)内の砂地にはジュゴンの餌となる藻がはえ、この海を潰(つぶ)してしまえば、ジュゴンは棲(す)む場所を失ってしまう。リーフ内は魚の産卵場所でもあり、小さな命が生まれ、やがて外洋に出ていくまでのゆりかごの役割を果たしている。

 基地建設計画が持ち上がって以来ずっと抗議の座り込みを続けている地元のオバアは「辺野古の海は恵みの海さー。戦後、食べ物がなかった時、海からの恵みで子どもたちを育てたさー。この海を子孫に残してやりたい。だから、八年間も座っているさー」と言う。

 辺野古の海と隣接する米海兵隊基地キャンプ・シュワブでは、イラクに派遣される海兵隊員が連日激しい訓練を展開している。早朝から激しい実弾射撃の銃撃音が響き、海岸では水陸両用装甲車の上陸訓練、上空ではヘリが爆音とともに離発着訓練を繰り返している。ここで訓練された兵士がファルージャの虐殺に参加させられている。沖縄の米軍基地はイラク直結する基地でもある。新基地が造られたなら、米軍の世界戦略に組み込まれる重要な基地になることは間違いないだろう。

 沖縄には「幸せは遠い海の彼方から神様が運んで来てくれる」という「ニライカナイ」の信仰がある。沖縄の精神文化と密接に結びついた海を破壊することは、文化を破壊することにもつながっていく。

 辺野古での取材を終えて那覇市に戻ると、街にはもうクリスマスのイルミネーションが輝いていた。会社帰りの人たちや旅行客が足早に通り過ぎていく。わずか五十キロしか離れていない辺野古と那覇で目にする光景の、この落差は何だろう。そして、東京のメディアは無関心を装い、辺野古でいま何が起きているのかを報(しら)せようともしない。この国の将来が恐ろしい。