小林正典
タイ 地雷で傷ついた象の問いかけ
信濃毎日新聞文化面 2004年12月10日掲載
地雷で吹き飛ばされた前足の痛みを言葉にもできず、森林伐採現場から車の通る道路まで十キロの山道を、一頭のアジア象が三日かけて歩き通した。三本の足で歩む象を、「歩けタモラ!」とタイの人々は応援した。
タイ、ミャンマー国境の森林伐採現場では象が材木運搬に従事している。ミャンマー軍事政権と対立する少数民族カレン族の居住地域とも重なるこの一帯で、地雷の犠牲になるのは人間だけではない。傷を負い歩けなくなった象は、その場に放置され、死を待つしかない。
モタラが負傷してから四日目にトラックで運ばれたのは、タイ北部チェンマイから南へ七十キロのランパンにある象病院だった。丘に囲まれた森の中に世界で初めてつくられた象の病院だ。代表のサルワラさんが、交通事故に遭った象を見て、象にも病院をつくりたいと考えたのは今から三十年ほど前、八歳の時のこと。その願いが一九九三年に実現した。これまでに四百頭の象がここで治療を受けてきたという。私が訪ねたとき、モタラのほかにも、モヘとモチという二頭の地雷被害に遭った象が入院していた。
ニュースで取り上げられ、世界の人々が見守るようになったモタラの手術のために、三十人の医師団が結成され、九九年八月に左前足の切断手術が行なわれた。人間七十人分の麻酔を打たれたモタラが目を覚ましたのは丸一日たってからだった。
私がモタラを取材したのは、手術から一年八ヶ月後。懸命な治療にもかかわらず、傷の状態も思わしくない、義足も難しい、そんな時期だった。モタラの体重は三トン。頭が重いためそのうち二トンが、地雷の破片が残る右前足一本にかかる。
獣医師のプリーチャさんは「傷が回復しなければ、安楽死を考えている」と語った。欧米からは当初から安楽死の声があがっていたという。しかし、昔から象を仏様の遣いとして大事にしてきたタイの人々は、あらゆる手段を尽くし、人間がつくった地雷で傷ついたモタラを見守る道を選んだ。
このところニュースで取り上げられなくなっていたモタラだが、その後傷はだいぶ癒え、今年八月には手術から五周年記念の催しがもたれて、皆から祝福を受けた。完全に傷が治ってから義足を試すという。痛みが強いようなら、もう義足の装着はしない方針だ。いまモタラは病院内で元気に散歩や水浴びをし、他の象と遊んでいる。
モタラはなぜ、激痛をおして歩き続けたのだろう。歩くのをやめたら死が待つことを本能で知っていたのか。モタラの執念ともいえる行動は多くの人を感動させるとともに、多くの問題を私たちに投げかけた。
人間の欲望を満たすための横暴や身勝手が地球の許容限度を超え、生態系に大きな影響を与えている。地雷をつくり続けているのも人間である。だが、地雷によって傷ついた一頭の象の回復を願うのも人間だ。その思いが、動物などあらゆる命を視野に入れた、地球の未来のための行動につながることを期待したい。「自然との共存」などと身構えることもなく、人間が自然の一部だった時代はそう古い話ではない。
モタラとは「森の緑」の意味だ。豊かな自然、平和を願うシンボルとして、モタラの一歩一歩は私たちの心に問いかける。人間はこのまま破滅への愚かな道を進み続けるのか、と。