林克明

 

チェチェン 日常化する攻撃、拷問、処刑  

信濃毎日新聞文化面 2004年11月19日掲載

 十人の死を悲しみ、数十万人の死には無関心でいられるーそんな“異常な感覚”が普通になってしまったのではないか。

 ロシア・チェチェン戦争で、ロシア側に死者が出ると大きく報じられるが、それをはるかに上回るチェチェン側の犠牲について語られることは少ない。言い方を変えれば、「反テロ戦争」を進める側の犠牲は伝わるが、攻撃される側の被害は隠されている。

 今年九月に起きた、ロシア北オセチア共和国の学校占拠事件では、三百三十人以上が犠牲になり、しかもその多くは子どもだった。子どもを人質にとるなどというのは、許しがたい犯罪だ。

 いまだこの事件の本当の組織者は不明である。ただ、犯人がチェチェンからのロシア軍の撤退などを要求したことから、事件の背後にチェチェン問題があることは確かだ。

 独立を宣言したチェチェンにロシア軍が侵攻してから、この十二月でちょうど十年になる。第三者が入れないため、実態は隠され続けているが、この間にチェチェン住民百万人のうち二十万人以上が殺されたと言われる。悲惨な学校占拠事件がこの十年間に何百回も繰り返されているような状況ーそれがチェチェンなのだ。

 ロシア軍の占領下にあるチェチェンでは、無差別攻撃、住民の拉致、拷問、強姦、処刑が日常化している。そして、ロシア軍が何をしても罰せられることはない。文字通りの「無法地帯」がそこにある。

 ムサー・ハジムラートフ(二八)は、車を運転中、ロシア軍に銃撃されて重傷を負った。戦争中のチェチェンではまともな治療は受けられず、隣国のグルジアへ、さらにアゼルバイジャンへと逃れた。チェチェンで数えきれないほど起きている悲劇の一例である。下半身不随で人工肛門の生活となったハジムラートフだが、外国の援助団体の助けで、娘と一緒に暮らせるだけでも不幸中の幸いと言えるのかもしれない。

 このような状況をチェチェンの子どもたちはずっと見続けてきた。そしてまた、多くの幼い命が奪われてきた。二十万人の犠牲者のうち四万人以上が子どもであり、一万人以上が親を失い、約四千人の子どもが障害者となった。

 難民としてアゼルバイジャンに逃れた子ども十五人の声を集めた『子どもの物語にあらず』というドキュメンタリー映像がある。チェチェンの女性ジャーナリスト、ザーラ・イマーエワの作品だ。この作品の中に子どもたちのこんな言葉が出てくる。「ロシア人はチェチェンをなくしてしまいたいんだ」「ロシアの子どもたちを殺しちゃえばいい。だって大人になったら僕たちを殺すんだもの」。

 大人なら、軍と一般のロシア人を区別して語ることもできよう。しかし子どもたちは、自分が見たこと感じたことをそのまま口にしている。だからこそ、作品のタイトルが示すように、彼らの言葉から、チェチェンの真実が、そしてチェチェンの人びとの苦しみが、くっきりと浮かび上がってくる。

 子どもたちの声は、あるいは受け入れ難いかもしれない。だが、私たちが彼らの声を受け止めず、チェチェンの悲劇を黙認し続ける限り、この子たちの未来に希望は見えてこない。